最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)189号 判決 1997年1月28日
上告人
逢澤邦久
同
多田勝
同
関圭作
右三名訴訟代理人弁護士
日置雅晴
松島暁
黒澤計男
被上告人
川崎市長
髙橋清
右指定代理人
森脇勝
外一四名
主文
原判決中、上告人逢澤邦久、同多田勝に関する部分を破棄し、同部分につき第一審判決を取り消す。
右上告人両名に関する部分につき、本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
本件訴訟のうち上告人関圭作に関する部分は、平成七年九月二〇日同上告人の死亡により終了した。
理由
上告代理人日置雅晴、同松島暁、同黒澤計男の上告理由について
一 本件訴えは、平成四年二月二四日に被上告人が公栄リアルエステート株式会社及び株式会社エッチアンドエム都市計画建築事務所に対し都市計画法(同年法律第八二号による改正前のもの。以下同じ。)二九条に基づいてした開発許可が違法であるとして、当該許可に係る開発区域に近接する地域に居住する上告人らが、その取消しを求めるというものである。
行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁参照)。
二 右の見地に立って、本件訴えについての上告人逢澤邦久、同多田勝(以下「上告人逢澤ら」という。)の原告適格について検討する。
1 所論は、上告人逢澤ら個々人の利益を保護する趣旨を含む規定として都市計画法三三条一項一四号を指摘する。しかし、同号が上告人逢澤らの個別的利益を保護する趣旨の規定であるとは解されない。その理由は、次のとおりである。
確かに、開発許可の基準を規定している同項のうち一四号は、開発行為をしようとする土地等につき当該開発行為の施行等の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることを許可基準と定めている。しかし、右規定は、開発許可をしても、許可を受けた者が開発区域等について私法上の権原を取得しない限り開発行為等をすることはできないことから、開発行為の施行等につき相当程度の見込みがあることを許可の要件とすることにより、無意味な結果となる開発許可の申請をあらかじめ制限するために設けられているものと解され、開発許可をすることは、右の権利に何ら影響を及ぼすものではない。したがって、右の規定が右の権利者個々人の権利を保護する趣旨を含むものと解することはできない。
2 ところで、原判決の摘示するところによれば、上告人逢澤らは、本件の開発区域に近接する肩書住所地に居住しており、本件開発許可に基づく開発行為によって起こり得るがけ崩れ等により、その生命、身体等を侵害されるおそれがあると主張しているところ、都市計画法三三条一項七号は、開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていることを開発許可の基準としている。この規定は、右のような土地において安全上必要な措置を講じないままに開発行為を行うときは、その結果、がけ崩れ等の災害が発生して、人の生命、身体の安全等が脅かされるおそれがあることにかんがみ、そのような災害を防止するために、開発許可の段階で、開発行為の設計内容を十分審査し、右の措置が講ぜられるように設計が定められている場合にのみ許可をすることとしているものである。そして、このがけ崩れ等が起きた場合における被害は、開発区域内のみならず開発区域に近接する一定範囲の地域に居住する住民に直接的に及ぶことが予想される。また、同条二項は、同条一項七号の基準を適用するについて必要な技術的細目を政令で定めることとしており、その委任に基づき定められた都市計画法施行令二八条、都市計画法施行規則二三条、同規則(平成五年建設省令第八号による改正前のもの)二七条の各規定をみると、同法三三条一項七号は、開発許可に際し、がけ崩れ等を防止するためにがけ面、擁壁等に施すべき措置について具体的かつ詳細に審査すべきこととしているものと解される。以上のような同号の趣旨・目的、同号が開発許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等にかんがみれば、同号は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。そうすると、開発区域内の土地が同号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たる場合には、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。なお、都市計画法の目的を定める同法一条の規定およひ都市計画の基本理念を定める同法二条の規定には、開発区域周辺の住民個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むことをうかがわせる文言は見当たらないが、そのことは、同法三三条一項七号に関する以上の解釈を妨げるものではない。
以上の理解に立って本件をみると、本件開発区域は急傾斜の斜面上にあり、本件開発行為は、六階建ての共同住宅の建築の用に供する目的で、斜面の一部を掘削して整地し、擁壁を設置するなどというものであるところ、上告人逢澤らは、右斜面の上方又は下方の本件開発区域に近接した土地に居住している者であることが記録上明らかである。そうすると、都市計画法三三条一項七号が開発区域の周辺住民個々人の利益を保護する趣旨を含むものではないという解釈に基づき、本件開発区域内の土地が同号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たるかどうか、及び上告人逢澤らががけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者であるかどうかについて、何らの検討もすることなく、上告人逢澤らの原告適格を否定した原判決及び第一審判決は、いずれも法令の解釈適用を誤るものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。
三 以上によれば、原判決が上告人逢澤らの原告適格を否定したことを非難する論旨は、右の趣旨をいう点において理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中上告人逢澤らに関する部分は破棄を免れず、同部分につき第一審判決を取り消した上、これを横浜地方裁判所に差し戻すこととする。
職権をもって調査するに、記録によれば、上告人関圭作は、本件訴訟が当審に係属した後の平成七年九月二〇日死亡したことが明らかである。同上告人の有していた本件開発許可の取消しを求める法律上の利益は、同上告人の生命、身体の安全等という一身専属的なものであり、相続の対象となるものではないから、本件訴訟のうち同上告人に関する部分は、その死亡により終了したものというべきである。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)
上告代理人日置雅晴、同松島暁、同黒澤計男の上告理由
第一 抗告訴訟における当事者適格につき、原審が引用する第一審の採用する解釈は、行政訴訟提起の門戸を極端に限定するものであり、基本的人権として裁判を受ける権利を保障した憲法第三二条に違反する。
一 抗告訴訟における当事者(原告)適格については、原審及び第一審はいわゆる法的利益救済説にたち、当該処分の根拠となる行政法規が個人の利益保護を目的としているか否かを当事者適格判断の基準としている。
すなわち、行政処分の内容・手続等を定める法規定の中に一定の私人の利益を保護する目的で定められたものと公益一般を保護する目的で定められたものとの区別があることを前提としたうえで、行政事件訴訟法第九条にいう「法律上の利益」を「法的に保護された利益」と解すことにより、後者に違反した行政処分は違法な行政処分ではあるが、これによって侵害されるのは公益一般であるにすぎないと捉え、私人が実際上利益を受けるという意味での「反射的利益」を侵害されたとしても、それは「法律上の利益」を侵害されたことには当たらず、したがってそのような場合には原告適格は存在しないと断ずるのである。
この考え方によれば当該行政法規の規制目的にしたがって当事者適格の判断が左右されることになる。それでは、右のような原告適格の捉え方は現代においても維持しうるものであるのか。
二1 原審等の考え方に立つ以上、周辺住民の原告適格は常に否定される結果となりかねない。すなわち、都市計画法の立法趣旨は一般的には公益保護にあり、周辺住民に同法から得られる利益があるとしてもそれは「反射的利益」にすぎないとする解釈を採用するならば、近隣住民に「法律上の利益」は認めがたいことになるのである。右のような結果は都市計画法が問題になる場合に限られず、諸種の行政上の規制・手続法規に共通の事態である。
しかしながら、右の結論は、近隣住民等が現実に多くの不利益を被ることに鑑みれば、具体的妥当性に欠けることにならざるをえない。
そこで、近隣住民等に原告適格を認める諸種の解釈が試みられてきた。個別法規を近隣住民等の利益をも保護する趣旨を解釈することが一例としてあげられる(都市計画法の解釈については後に詳述する)。
2 立法趣旨の解釈は、社会・経済状態の変動にともなって変動しうるものであり、現代社会において法規定の目的を一義的に定めることが困難であることも少なくない。したがって、このような事情のもとにおいては、かつて「反射的利益」であるにすぎないと解釈されていた利益が、後に法的に保護された利益であると、解釈に変動をきたす場合があるのである。
たとえば、公衆浴場の距離制限規定をめぐる昭和三七年の最高裁判決があげられる。かつて最高裁は、距離制限規定の合憲性が争われた事件において、この距離制限の目的は「国民健康及び環境衛生」の公共の福祉のための制限であると解釈していた(最判昭和三〇年一月二六日)。ところが、昭和三七年一月一九日の右判決では、同じに浴場業者を濫立による経営の不合理から守ろうとする意図をも有するものと解し、「適正な許可制度の運用によって保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず公衆浴場法によって保護せられる法的利益と解するを相当とする」と述べて、既存業者の原告適格を認めたのである。
また、ある行政法規がどのような利益を保護しようとしているかについて、異なった解釈が生じうる。代表例が、違法な建築確認をめぐる近隣居住者の利益の問題である。
行政主体がしばしばとる主張によれば、建築基準法上の法規定はいずれも人身の安全・環境の保全という警察目的のために建築主に規制を加えるという公共の福祉の観点から定められたものであって、近隣居住者等を具体的に保護する目的を持つものではなく、したがって、違法な建築確認がなされたからといって、これによって不利益を被る隣地居住者等はその取り消しを求めて訴えを提起する「法律上の利益」を有しない。
しかしながら、現代の都市生活の中で違法建築物が近隣居住者に及ぼす重大な影響に鑑みれば、右のような法解釈は現実的妥当性からかけ離れたものと言うべきである。実際にも、違法な建築確認に対する近隣居住者の抗告訴訟を認める判例が多い。
三1 右のように、近隣住民等に原告適格を認める諸種の解釈がなされてきたが、近時の学説では、行政事件訴訟法第九条にいう「法律上の利益」を、「法律によって保護された利益」という実体法上の利益としてではなく、これとは別の「法的保護に値する利益」という、いわば一種の訴訟法上の利益として解釈すべきであるとの考え方が強力に主張されてきている。
処分の違法を争う者がその効力を否認するにつき実質的な利益をもつ限りは、それが法律の保護する利益であれ事実上の利益であれ、広く取消訴訟を認める。すなわち、仮に実体法上積極的に保護されていない利益であるとしても、国民が行政の違法を主張している以上は、これを広く適法な訴訟として取り上げていく必要があると考えるのである。
2 右の考え方によれば、原告適格の判定を個別法規の立法趣旨解釈から解放することにより、実質的に被った損害を評価して司法的救済をはかる可能性を導くことが可能となる。
先にあげた公衆浴場の距離制限規定をめぐる昭和三七年の最高裁判決は、文理上は既存業者の利益を「公衆浴場法によって保護せられる法的利益」とし、「法律上の利益」を「法的保護された利益」と解する立場ともとれるが、むしろ反射的利益の侵害にすぎない場合についても、それが実質的に「法的保護に値する利益」と認められる場合には、個別法規の強引な解釈により原告適格を認めたものであるとの評価も可能である。そうであれば、判例の立場は、実質的には「法的保護に値する利益」に近いのであり、むしろこのことを率直に承認し、行政事件訴訟法第九条の「法律上の利益」の解釈を改めるべきである。
3 原審等の採用する立場は、以上概観したように、旧時の判例・学説にとらわれすぎており、基本的人権の保障を旨とする現代の行政訴訟に適合的でないし、現代行政の多様な展開のもとにおける行政の民主的統制という要請に適合していないものと言うべきである。
良好な生活環境を享受しようとする近隣住民の原告適格は認められるべきものである。
したがって、原審等の採用する解釈は、裁判を受ける権利を保障した憲法第三二条の解釈として既に過去のものとなったと評されるべきであり、同条に違反するものである。
第二 都市計画法第三三条一項一四号に関する原審の解釈には、判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りがある。
一 原審及び原審が引用する第一審判決は、「(都計法三三条一項)一四号が、当該開発行為に関連する土地等に利害関係を有する者の同意を具体的に求めていることは明らかである」としながら、「右同意は、あくまでも円滑な開発行為の遂行というもっぱら開発行為の進行を担保するという意味において、当該開発行為の許可の審査基準としての意義を有するものであり……同号が開発申請者と同意権者との間の私法上の個別具体的な権利関係に介入しているものとまで解することはできない」こと、「同号が、都計法三三条一項の一条項として位置付けられており、三三条の趣旨……開発行為の許可自体の法的性質を考慮するならば、一四号のみを特の外の各号と区別して取り扱う理由は認められないから」一部原告らの主張は認められないとする。
二 原審が引用する第一審判決は、一部原告らが右一四号にいう同意権者にあたることを認めながら、その原告適格を否定したものである。
その理由とするところは、①同意が開発行為の審査基準であること、②一四号が私法上の権利関係に介入しているものではないこと、③一四号が三三条一項の一条項であることである。
しかしながら、右が何故一部原告の原告適格を否定することになるのであろうか、全く判然としない。
三 そもそも、一四号が同意権者の相当数の同意を要求していることは法文の文言上明らかであり、また、本審査手続に際し同意権者らの同意を全く得ていないことも明らかである。被上告人は、同意権者の同意の有無、相当数か否か全く審査することなく開発許可を与えたのである。
申請権者としては法文に則って、相当数の同意を得たうえで、許可申請を行うというのが法の要求するところである。申請権者が、右手続きを履践していたならば、右手続過程において本件一部原告らの不同意によって工事完成の見通しが全く失われることになるのである。かかる過程を通じ同意権者らには同意するか否かについての法的利益が生じていると言うべきである。
四 第一審判決は、相当数の同意を、円滑な開発行為の進行を担保するという意味の開発行為の許可の審査基準にすぎないとする。
しかし、審査基準として「円滑な開発の見通し」等の文言を使うのではなく、「相当数の同意」との文言を用いたのは、単なる審査基準以上の意味を本条項に持たせたが故に他ならない。
五 仮に、上告人らに当事者適格を認めないとすると、司法部が違法な開発許可決定に手を貸すことになり、私法の廉潔性を害するのである。なぜなら、被上告人が、本件審査にあたって、上告人が同意権者か否か、その同意の有無、相当数か否か全く審査することなく開発許可を与えたことは明らかである一方、第一審判決は、一部原告らが右一四号の同意権者にあたることを認めているのであるから、上告人らの当事者適格を否定することは、結局は、被上告人の行った違法な許可に対し、これを容認することであり違法行為に手を貸すものなのである。
以上のとおりであるから、原判決は取り消され、差し戻されるべきである。